DeNAベイスターズの3試合連続サヨナラ勝ちに貢献、後藤G武敏選手。

DeNAが3試合連続サヨナラ勝ちという快挙を成し遂げ大洋時代の1960年6月26日ヤクルト戦から巨人戦にかけて記録して以来球団史上57年ぶりとなる3試合連続サヨナラ勝ちとなりました。
横浜地元民としては嬉しい限りです。
3連続サヨナラした時には友達のSNSがざわつきました。
翌日の地元スーパーや地元の駅なども湧きました!

今回のサヨナラ勝ちにも貢献したDNAベイスターズの後藤武敏選手が「ごとうGたけとし」となった理由を初めて知りました。
それは数年前に石川雄洋選手との練習の待ち合わせに遅れてきた松本啓二朗選手が早大で使われていた「ごめーんす」という軽い謝り方をしたのを、石川選手が「後藤さんに『ゴメス』はねえよ」と居合わせた後藤選手に話を振ってそのまま浸透したそうです。

2014年からは、ヒーローインタビューでアナウンサーから「後藤選手」と言われると「ゴメスです」とニックネームをアピールするのがお約束になり、2015年にはユニフォームの背ネームを「GOMEZ」、登録名も「後藤 武敏 G.(ごとう たけとし ごめす)」に変更しました。
そして2016年に「G」の位置を変え、「後藤 G 武敏(ごとう ごめす たけとし)」に再変更して今に至るそうです。

中国を本気にさせた平野美宇選手はまだ成長過程の途中。

ドイツで行われている世界卓球で日本の平野美宇選手が準決勝で中国の世界ランキング1位・丁寧選手と対戦し、4-1で完敗しましたが、銅メダルを獲得しました。
アジア選手権で平野選手に敗戦を喫した丁寧選手を本気にさせた平野選手。
今回は完敗しましたが、4セット目を取り、次の対戦への望みをつなぎました。

平野選手の今大会の戦いぶりは素晴らしかったです。
確かに準決勝まで中国選手との対戦がなく恵まれたとも言われましたが、準々決勝で対戦したシンガポールのフェン・ティアンウェイ選手は元世界女王ですし、日本選手との対戦も多く、何度も苦しめられていた選手です。
中国出身のフェン・ティアンウェイ選手にストレート勝ちともはや平野選手の勢いは留めることはできないのでは?と思ったくらいです。

しかし、そこは卓球王国中国です。
最多4人の「仮想・平野」を用意して徹底的に平野選手を研究、対策してきたそうです。

研究された平野選手は今回は、本気になった中国に屈する形となりましたが、まだ17歳。中国の想定外の進化を遂げる可能性大です。
解説の方も戦術を変えて半年でこれだけの成果を上げるとは思わなかったとコメントしていました。

現在、まだ成長過程の途中としたら、平野選手はこれからどんな選手になるのか、期待しかありません。
リオ五輪のリザーブの経験をバネにして快進撃を続けていた平野選手ですが、今回の敗戦もバネにして更に強くなってほしいと思います。

胃ガンからの復帰を目指す職人、広島東洋カープの赤松真人。

広島カープの守備職人と言えば、セカンドの菊池選手を思い浮かべる人が多いと思います。
その菊池選手と同じくらい、守備で魅せるプレーができるのが、赤松真人外野手です。
赤松真人選手は、新井選手が阪神タイガースに移籍したときに、人的補償でカープに来た選手です。

しかし、それを感じさせないほどチームに溶け込み、まるで生え抜き選手のようです。
赤松真人選手の守備は超一流、マツダスタジアムでみせたホームランキャッチが、海を渡って外国で「スパイダーマン」として取り上げられたほどです。

昨年も試合終盤の代走や守備固めとして起用され、前進守備の外野でも止められない好走塁や、俊足を生かした範囲の広い外野守備、サヨナラ安打も放ちチームに貢献しました。
その赤松真人選手ですが、なんと12月に胃ガンが見つかりました。

40歳まで検査していなかったら死んでいたかもしれない、ということでした。
胃の一部を切除する大手術になりますから、アスリートの体を取り戻せるのかどうか分かりません。

もちろん、それができない場合は引退を余儀なくされます。
おそらく、胃ガン手術から復帰したプロ野球選手は前例がないのではないかと思います。
手術自体は無事に成功し、今は少しずつ動けるようになってきたそうです。

ただ、抗がん剤投与なども残っていますし、ほんとうに少しずつ、体を取り戻しているところです。
なんとか復活して、また赤松真人選手の華麗な守備が見られることを、カープファンだけでなくすべての野球ファンが望んでいます。

フェネルバフチェ所属サッカー選手、マルティン・シュクルテル。

私が紹介する選手は、サッカー選手でスロバキア代表、現在はトルコのフェネルバフチェに所属するマルティン・シュクルテル選手です。
マルティン・シュクルテル選手は日本では有名ではありませんが、イングランドリバプール所属時代は主力として活躍し、長年レギュラーとして活躍しました。
リバプールに移籍してきた際は、当時のセンターバック(CB)としてはクラブ史上最高額で移籍してきました。

マルティン・シュクルテル選手の特徴は両腕に施されたタトゥーです。
見た目もかなり強烈で、かなり気性が荒そうな見た目をしていますが、実はかなり性格はよく、プレースタイルも悪質なことは一切ありません。

マルティン・シュクルテル選手のプレーの特徴は、堅実な守備の他、ロングパスの精度が高く、攻撃の組立てがうまく、また、コーナーキックやフリーキックなどでの攻撃参加も得意で、193cmの長身を生かしたヘディングで得点するシーンも多くありました。
CBとしては異例の1シーズンで6点も取ったこともあります。

リバプールは名門でありながら監督の交代が頻繁に行われていましたが、監督が代わっても常にレギュラーとして活躍していました。
しかし、香川の指揮官でもあったクロップが就任してからは出番を失い、トルコの名門であるフェネルバフチェに移籍しました。

ドイツ代表ユベントス所属MF、サミ・ケディラ選手。

今回はユベントス所属のサミ・ケディラ選手について紹介します。
サミ・ケディラ選手は、現在のユベントスに移籍してくる前は、銀河系軍団として知られるスペインのレアル・マドリードに所属していました。
当時はドイツ人がスペインのクラブに所属することは珍しかったのですが、W杯での活躍が認められ、移籍しました。

当初は主力として活躍していましたが、サミ・ケディラ選手はとにかく怪我が多く、ひざに問題を抱えており、いつの間にか出番が激減してしまいました。
そして契約満了とともにイタリア王者のユベントスに移籍してきました。

移籍当初は、怪我の多い選手をとって意味があるのかと批判されており、期待できないと思われていましたが、その予想を見事に裏切り、大活躍を見せます。
移籍1年目には、小さな怪我を何回かしてしまい、戦線を離脱することもありましたが、2年目のシーズンは怪我も少なく、全盛期の頃のプレーの質を取戻し、主力として活躍しました。
サミ・ケディラ選手の特徴は守備力の高さと攻撃力の高さを両方備えた万能性にあります。
スピードが若干弱点といえます。

2016-2017年シーズンの欧州最強を決めるUEFAチャンピオンズリーグでは、2年ぶりに決勝に進出しましたが、相手は古巣のレアル・マドリード。
自分を捨てたクラブへのリベンジなるか、今からサミ・ケディラ選手が楽しみです。

20歳の新人・富田暁騎手が2勝目を挙げる。新人賞に向け好スタート!

富田暁騎手は2017年3月にデビューした新人騎手です。
4月22日に、5人の新人騎手の中で4番目に初勝利、また、5月13日にも2勝目を挙げています。

富田騎手は高校を中退し、競馬学校を受験しています。
富田騎手のお父さんが競馬が好きで、富田騎手も小さな頃から競馬が好きだったそうです。
競馬学校に入学する前はサッカー一筋だったとのことですが、小柄な体格を生かして騎手になろうと志したそうです。

富田選手が騎乗する上で気をつけることは、馬に合う乗り方と追う姿勢とのこと。
騎乗フォームがきれいな四位洋文騎手を目標としているそうです。

四位騎手にデビュー前に指導を受けていたとのこと、初勝利のセレモニーの時も四位騎手がそばで祝福していました。
騎手になって驚いたことはゲート内での騎手の対応。

武豊騎手がゲート内で馬に負担をかけないようにしているのを見てすごい!と思ったそうです。
富田騎手はどうしても馬に負担をかけてしまうとか。先輩騎手を見て、馬に負担をかけない騎乗を心掛けたいとコメントしてます。

競馬サークル外の出身ということがハンデになってしまう競馬界。
座右の銘「不自由を常と思へば不足なし」通り、ハンデと思わずに、自分の騎乗技術を磨いて、サークル内で信頼される騎手になれるよう頑張ってほしいです。

ユベントス所属コロンビア代表ファン・ギジェルモ・クアドラード選手。

クアドラード選手は現在イタリアセリエAのユベントスに所属しています。
彼が頭角を現したのは、同じセリエアAのフィオレンティーナでした。
クアドラード選手のポジションは右サイドのMFを中心に守備的な役割や攻撃的なポジションも担うことができます。

彼はスピードのある選手でドリブルが得意で、しかもスタミナがあるため、1試合を通して走り続けることができます。
この活躍が認められ、イングランドのチェルシーに移籍します。

しかし、英国での生活になじめず、言語の問題も重なり、ユベントスへのレンタル移籍が決定しました。
再びイタリアに戻ると、クアドラード選手は以前の輝きを取戻し、素晴らしいプレーを続けます。

しかしレンタル移籍ということで、翌シーズン再び英国へ戻ってしまいます。
クアドラード選手自身はイタリアに残りたかったのですが、契約には従わないとけず、チェルシーでプレーすることになりました。
しかし、プレシーズンを終えた時点で再びユベントスに戻ることが決定しました。

家庭の事情もあったようで、クラブ側からも考慮してもらっての復帰でした。
イタリアに戻ったクアドラードは再び主力として活躍し、チームの首位独走とUEFAチャンピオンズリーグ決勝進出に大きく貢献しています。
ゴールを決めた後の不思議なダンスが特徴で、憎めない顔をしています。